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2015.7/15 強行採決に反対する梅田緊急街宣アピール(スピーチ書き起こし)

学生のスピーチ(ともか さん)

今日、私、本当に腹が立って、ここに来ました。

 

「国民の過半数が反対してる中でこれを無理やり通した」という事実は

紛れもなく「独裁」です。

だけど私、今、この景色に本当に「希望」を感じてます。

大阪駅が、こんなに人で埋め尽くされてるの見るの、私、初めてです。

 

この国が「独裁を許すのか」、「民主主義を守りぬくのか」は、今、「私たちの声」に懸かっています。

 

先日、安倍首相は、インターネット番組の中で、こういう例をあげていました。

「喧嘩が強くて、いつも自分を守ってくれている友達の麻生くんが、いきなり不良に殴りかかられた時には、一緒に反撃するのは、当たり前ですよね」って。

ぞーっとしました。
この例えを用いるのであれば、この話の続きはこうなるでしょう。

友達が殴りかかられたからと一緒に不良に反撃をすれば、不良は、もっと多くの仲間を連れて、攻撃をしてくるでしょう。

そして、暴力の連鎖が生まれ、不必要に周りを巻き込み、関係のない人まで命を落とすことになります。

この例えを用いるのであれば、正解はこうではないでしょうか。

「なぜ、彼らが不良にならなければならなかったのか?」、そして「なぜ、友達の麻生くんに殴りかかるような真似をしたのか?」

その背景をしっかりと検証し、暴力の連鎖を防ぐために、「不良が生まれる社会の構造を変える」こと。

これが国の「果たすべき役割」です。

 

この法案を支持する人たち、あなたたちの言うとおり、テロの恐怖が高まっているのは本当です。

テロリストたちは、子供が教育を受ける権利も、女性が気高く生きる自由も、そして、命さえも、奪い続けています。

しかし彼らは、生まれつきテロリストだった訳ではありません。

「なぜ、彼らがテロリストになってしまったのか」、その原因と責任は、国際社会にもあります。

"9.11"で、3000人の命が奪われたからといってアメリカはそのあと、「正義」の名のもとに、130万人もの人の命を奪いました。

残酷なのは、テロリストだけではありません。

 

訳の分からない例えで国民を騙し、本質をごまかそうとしても、私たちは騙されないし、自分の頭でちゃんと考えて行動します。

「日本も、守ってもらってばっかりではいけないんだ」と、「戦う勇気を持たなければならないのだ」と、安倍さんは言っていました。

だけど私は、海外で人を殺すことを肯定する勇気なんてありません。

かけがえのない自衛隊員の命を国防にすらならないことのために消費できるほど、私は心臓が強くありません。

 

私は、戦争で奪った命を、元に戻すことができない。

空爆で破壊された街を、建て直す力もない。

日本の企業が作った武器で子供たちが傷ついても、その子たちの未来に、私は責任を負えない。

大切な家族を奪われた悲しみを、私はこれっぽっちも癒せない。

自分の責任の取れないことを、あの首相のように、「私が責任を持って」とか、「絶対に」とか、「必ずや」とか、威勢のいい言葉でごまかすことなんて、できません。

 

安倍首相、「二度と戦争をしない」と誓ったこの国の憲法は、あなたの「独裁」を認めはしない。

国民主権』も『基本的人権の尊重』も『平和主義』も守れないようであれば、あなたはもはや、この国の総理大臣ではありません。

『民主主義』がここに、こうやって生きている限り、私たちは、あなたを権力の座から引きずり下ろす権利があります。力があります。

あなたはこの夏で辞めることになるし、私たちは来年また、戦後71年目を無事に迎えることになるでしょう。

安倍首相、今日あなたは、偉大なことを成し遂げたという、誇らしい気持ちでいっぱいかもしれません。

けれど、そんな束の間の喜びは、この夜、国民の声によって吹き飛ばされることになります。

 

昨日、テレビのニュースで、東京の日比谷音楽堂が戦争法案に反対する人でいっぱいになったのを見ました。

足腰が弱くなったおじいさんやおばあさんが、暑い中わざわざ外に出て、震える声で拳を突き上げて、戦争反対を叫んでいる姿を見ました。

この70年間、日本が戦争せずに済んだのは、こういう大人たちがいたからです。

ずっと、こうやって闘ってきてくれた人たちがいたからです。

そして、戦争の悲惨さを知っているあの人たちが、ずっとこのようにやり続けてきたのは、紛れもなく『私の・私たちのため』でした。

 

ここで終わらせるわけには、いかないんです。

私たちは抵抗を、続けていくんです。

「武力では平和を保つことができなかった」という、歴史の反省の上に立ち、「憲法9条」という、「新しくて最も賢明な安全保障のあり方」を続けていくんです。

私は、この国が「武力を持たずに平和を保つ新しい国家」としてのモデルを国際社会に示し続けることを、信じます。

 

偽りの政治は、長くは続きません。

そろそろここで、終わりにしましょう。

『新しい時代』を、始めましょう。

 

2015年7月15日、私は戦争法案の、今日の採決に反対します。